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カール・ドライヤー 2005.1.18

この日の日記 に、「聖なる映画作家 カール・ドライヤー」のタイトルで、新文芸坐オールナイトで観たカール・ドライヤー作品の感想を書きましたが、このタイトル、新文芸坐のHPに出ていたタイトルそのまま使ったものの…実を言うと、<聖なる>映画作家とゆーのに、ちと抵抗があったんです。何か誤解与えそうな気がしまして。
だってベルイマンみたいな印象受けませんか?
まあ、『奇跡』のラストなんかは、ちと『処女の泉』↓を彷佛させるものがあるにはあるけど・・・



実際ドライヤーが信仰を持っていたのか、私は知りません。ただ、映画から特に信者ぽい印象は受けなかったので・・・しかし、もっと広く捉えて「聖なる」とは言えるかもしれません。

そんな事を考えつつ、新文芸坐で購入したプログラムをパラパラと見ていたら・・・(まだちゃんと読んではいません) 映画史家の小松弘さんの次の文章がありました。

「しばしば誤解されていることだが、ドライヤーの映画は決して宗教的ではない。彼の映像は決して禁欲的ではなく、むしろ非常に官能的である。『奇跡』(原題は「言葉」) のように彼が神について触れることはあるが、そうしたときでも彼の関心は常に人間のレヴェルにある。」

そうそう!! とハゲしく思っちゃいましたよ!
『裁かるるジャンヌ』にしても、フランスを救った英雄としてのジャンヌ・ダルクではなく、人間ジャンヌ・ダルクが描かれているんです。なんつーか・・・私、とてもかわいい人だなーと思いました。

そして人間を高みに置くんです。なので、宗教とは実は逆のものかもしれない、と思います。

長年暖めていたのに実現できなかった、キリストの映画化、実に実に実に実に残念!!
人間としてのキリストをどう描いたか。すご~~~く観てみたかったです。

それと、ドライヤー自身の次の言葉。

「私の映画のできのいいほうの作品を見た人は、どんなに私が人間の顔を重視しているか、わかってくれるだろう。顔とは、汲み尽くすことのない源だ。
スタジオで不思議なインスピレーションの力によって表情が変わっていくさまを撮る行為ほど、気高いものはない。顔が内側から変わっていって、詩へと高まっていくのだから」

ジャンヌにしても、『怒りの日』にしても、1つ1つの表情には実に驚かされます。
また、信者独特の表情と言うのが、『怒りの日』にも『奇跡』にも皮肉のように見られ、(ジャンヌにも少し) おもしろかったです。

 

今読んでいるミシュレの『魔女』(*感想こちらこちらにUPしています) には、ドライヤー作品とのすっっごい共通点があるんです。
あと数日で読み終わる予定なので、『魔女』の感想と共に、またカール・ドライヤーについても合わせて書きたいと思います。

クリックよろぴくー。


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テーマ : ヨーロッパ映画
ジャンル : 映画

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Author:吉乃黄櫻
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。アジアン雑貨・ファッションやパワーストーンも好き。西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!
身体にも環境にも良いエコ・石けん生活実施中&広めていきたいです。
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